東京高等裁判所 平成２年（行ケ）１８５号 判決
大阪府池田市旭ケ丘一丁目三番三一号
原告
加茂守
右訴訟代理人弁理士
辻三郎
東京都千代田区霞が関三丁目四番三号
被告
特許庁長官
植松敏
右指定代理人通商産業技官
松沢福三郎
同
松木禎夫
同
山本格介
同通商産業事務官
高野清
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一 当事者が求める裁判
一 原告
「特許庁が昭和六二年審判第一五八九七号事件について平成二年五月一五日にした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二 原告の請求の原因
一 特許庁における手続の経緯
原告は、昭和五七年一〇月二七日、名称を「卵容器」とする発明（以下、「本願発明」という。）について特許出願（昭和五七年特許願第一八八三八九号）をしたが、昭和六二年六月一八日拒絶査定がなされたので、同年九月三日査定不服の審判を請求し、昭和六二年審判第一五八九七号事件として審理された結果、平成二年五月一五日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は同年八月一日原告に送達された。
二 本願発明の要旨（別紙図面Ａ参照）
開閉自在な身部Ａと蓋部Ｂとから成り、
これら身部Ａ及び蓋部Ｂの相対向する複数箇所には、それぞれ、両部Ａ、Ｂの閉鎖姿勢において卵保持用空間を形成するための凹部1a及び1bが、相隣る凹部1a、1a及び1b、1b間に隔壁2a及び2bが位置する状態に形成されている卵容器において、
前記身部Ａ及び蓋部Ｂのいずれか一方の外壁部分７に、その部分相当位置の前記隔壁2bの一部を残す状態で平坦面３が形成され、
この平坦面３には、所要事項自動読取用符号４が付されていること
を特徴とする、卵容器
三 審決の理由の要点
１ 本願発明の要旨は、前項（特許請求の範囲第１項）記載のとおりである。
２ これに対し、本件出願前に日本国内において頒布された昭和四六年特許出願公告第三三五五一号公報（以下、「引用例」という。別紙図面Ｂ参照）には、開閉自在な身部と蓋部から成り、これら両部の相対向する複数箇所には、それぞれ、両部の閉鎖姿勢において卵保持用空間を形成するための凹部が、相隣る凹部間に隔壁が位置する状態に形成され、前記蓋部の外壁部分に、その部分相当位置の前記隔壁の一部を残す状態で平坦面が形成され、この平坦面にレツテルが付されている卵容器が記載されている。
３ そこで、本願発明と引用例記載の発明を対比すると、両者は、
「開閉自在な身部と蓋部から成り、これら両部の相対向する複数箇所には、それぞれ、両部の閉鎖姿勢において卵保持用空間を形成するための凹部が、相隣る凹部間に隔壁が位置する状態に形成され、前記蓋部の外壁部分に、その部分相当位置の前記隔壁の一部を残す状態で平坦面が形成され、この平坦面に表示が付されている卵容器」
の構成である点において一致する。
しかしながら、両者は、平坦面に付されている表示が、本願発明は所要事項自動読取用符号であるのに対し、引用例記載の発明はレツテルである点において相違する。
４ 右相違点について判断する。
商品に付された所要事項読取用符号から発生される磁気等をレジスタにより検出して、自動的に所要事項を読み取ることは、本件出願前の周知技術である。
したがつて、本願発明は、引用例記載のレツテルを、自動読取りの便宜のために、周知である所要事項読取用符号に変更したにすぎず、格別の創意工夫を要しなかつたものというべきである。
なお、請求人（原告）は、本願発明の卵容器は身部、蓋部ともに卵の形状に合つた凹凸状に形成されているのに対し、引用例記載の発明のカバー12（蓋部）には凹凸部が形成されていないので、両発明は基本形態を異にする、と主張する。しかしながら、引用例記載のカバー12（蓋部）には溝18が形成されており、この溝18が本願発明の凹部に相当するから、両発明は基本形態を異にするものではない。また、仮に両発明が基本形態を異にするとしても、請求人のいう本願発明の卵容器の基本形態は、本願明細書等に従来技術として記載されているように本件出願前の周知技術であるから、両発明の基本形態の相違は本願発明が進歩性を欠如するとの判断を左右しない。
５ 以上のとおり、本願発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたと認められるから、特許法第二九条第二項の規定により、特許を受けることができない。
四 審決の取消事由
審決は、引用例記載の技術内容を誤認して一致点の認定及び相違点の判断を誤つた結果、本願発明の進歩性を誤つて否定したものであつて、違法であるから、取り消されるべきである。
１ 一致点の認定の誤り
ａ 審決は、本願発明と引用例記載の発明は相隣る凹部間に隔壁が位置する点にいて一致する、と認定している。
しかしながら、引用例記載の卵容器には、卵どうしを隔離し、接触による損傷を防止するための、本願発明の隔壁2a、2bに相当する部材がないことは明らかであつて、審決の右認定は誤りである。
ｂ 審決は、本願発明と引用例記載の発明は蓋部の外壁部分にその部分相当位置の隔壁の一部を残す状態で平坦面が形成されている点において一致する、と認定している。
しかしながら、本願発明の平坦面３は、ＰＯＳマーク（以下、「バーコード」という。）を印刷あるいは貼付するだけの面積があればよいから、隣接する凹部1a、1bの間に形成される、微小な面積のものである（なお、平坦面３の形成によつて隔壁2a、2bが完全になくなつてしまうと卵どうしの接触およる損傷のおそれを生ずるので、隔壁2bの一部を残すことが発明の要旨とされている。）。
これに対し、引用例記載の発明は、卵容器の折曲がりを防止するために、卵容器の上面全体にレツテルを貼付して補強することを技術的思想の核心とするものである。したがつて、引用例記載の平坦面は、卵容器の上面のほぼ全体にわたつて形成されたものでなければならない。
以上のとおり、本願発明の平坦面と引用例記載の平坦面は、技術的課題（目的）及び構成を異にするものであるから、一致点に関する審決の右認定も誤りである。
２ 相違点の判断の誤り
審決は、商品に付された所要事項読取用符号から所要事項を自動的に読み取ることは周知技術であるから、本願発明は自動読取りの便宜のために引用例記載のレツテルを周知の所要事項読取用符号に変更したものにすぎない、と判断している。
しかしながら、工場生産商品に付されるソースマーキングとしてのバーコードならともかく、卵のように日持ちの悪い食品に付されるインストアマーキングとしてのバーコードは、本件出願当時の周知技術ではない。そして、卵容器の上面のほぼ全体に貼付する必要がある補強用レツテルを微小なバーコードに置き換えることは、当業者にとつて容易に想到し得た事項といい難いから、相違点に関する審決の判断は誤りである。
第三 請求の原因の認否、及び、被告の主張
一 請求の原因一ないし三は、認める。
二 同四は、争う。審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような誤りはない。
１ 一致点の認定について
ａ 原告は、引用例記載の卵容器には本願発明の隔壁2a、2bに相当する部材がない、と主張する。
しかしながら、引用例には、実施例に関して「卵容器14は一般的に云つて卵15を直立させ且つ離隔した状態に受容し且つ保持するような形状になされる」（第三欄第二六行ないし第二八行）、「溝18は、カバー12が閉じているときカートン内の卵が互いに離隔維持されるのを助けるよう形成される」（同欄第三三行ないし第三五行）と記載されていることを参照すると、右実施例を示す別紙図面Ｂにおいて、符号14を付された箇所から上方へ伸びるハツチングを施された部分、及び、符号18を付された箇所から下方へ伸びるハツチングを施された部分は、明らかに隔壁の機能を営むものであるから、原告の右主張は失当である。
ｂ 原告は、本願発明の平坦面が隣接する凹部1a、1bの間に形成される微小な面積のものであるのに対し、引用例記載の平坦面は卵容器の上面のほぼ全体にわたつて形成されたものでなければならない、と主張する。
しかしながら、本願発明は、その平坦面が「微小な面積」のものであることを要旨とするものではないから、「微小な面積」でない平坦面の構成を排除するものではない。したがつて、原告の右主張は考案の要旨に基づかないものであつて失当である（そもそも、「微小な面積」とはどの程度の大きさ以下のものをいうのかすら、明らかでない。）。
ちなみに、引用例記載の発明において、補強用レツテルを容器の上面全体に貼付するとしても、レツテルを貼付するための平坦面は容器上面のところどころに、部分的に形成されていれば足りる。したがつて、求める補強程度に応じて平坦面を容器上面の一部にのみ形成することは、当業者にとつて当然の設計事項に含まれるというべきである。
２ 相違点の判断について
原告は、卵のように日持ちの悪い食品にバーコードを付することは本件出願当時の周知技術ではない、と主張する。
しかしながら、審決は、商品一般について、所要事項読取用符号から自動的に所要事項を読み取ることが本件出願前の周知技術であると説示しているのであるから、原告の右主張は、審決の説示に副わないものであつて失当である。
第四 証拠関係
証拠関係は本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、同目録をここに引用する。
理由
第一 請求の原因一（特許庁における手続の経緯）及び三（審決の理由の要点）は、当事者間に争いがない。
第二 そこで、原告主張の審決の取消事由の当否を検討する。
一 成立に争いがない甲第二号証によれば、本願発明の技術的課題（目的）、構成及び作用効果が左記のように記載されていることが認めらる（別紙図面Ａ参照）。
１ 技術的課題（目的）
本願発明は、流通過程において使用される卵容器に関する（明細書第二頁第七行ないし第一六行）。
このような卵容器は、材料を節約するため、第５図に示すように卵の外形にほぼ合わせて形成されるので、凹部1a'、1b'及び隔壁2a'、2b'がそのまま外面に現れ、容器の外表面には平坦部がほとんど存在しない（第二頁第一七行ないし第三頁第五行）。
しかるに、卵容器の外表面には、価格あるいは生産年月日などの事項を示す、所要事項自動読取用符号4'が付されるが、従来の卵容器では、凹凸の曲面に所要事項自動読取用符号4'を付さざるを得ない結果、自動読取りが不能または不正確になり、人が読み取るほかなかつた（第三頁第七行ないし第四頁第二行）。
本願発明の技術的課題（目的）は、卵を互いに接触しないように保持するという卵容器本来の機能を損うことなしに、所要事項の読取りを自動化できるような卵容器を創案することである（第四頁第三行ないし第七行）。
２ 構成
本願発明は、右技術的課題（目的）を解決するために、その要旨とする特許請求の範囲記載の構成を採用したものである（第一頁第五行ないし第一六行）。
この構成の特徴は、身部あるいは蓋部いずれか一方の外壁部分に、その部分相当位置の隔壁の一部を残す状態で平坦面が形成され、所要事項自動読取用符号はこの平坦面に付される点に存する（第四頁第八行ないし第一三行）。
別紙図面Ａはその一実施例を示すものであつて、第１図は全体の平面図、第２図は斜視図、第３図は断面図である。なお、Ａは身部、Ｂは蓋部、1a、1bは凹部、2a、2bは隔壁、３は平坦面、４は所要事項自動読取用符号、５は紙様体、７は外壁部分である（第八頁第二行ないし末行）。
３ 作用効果
本願発明によれば、卵どうしの接触を防止するための隔壁の一部を残す状態で平坦面を形成することにより、卵容器本来の卵保護機能を全うしながら、所要事項自動読取用符号の自動読取りを正確かつ容易に行うことができる。のみならず、平坦面を卵容器自体を変形させて形成するために、特別の材料を要せず、コストの上昇を抑えることができる（第四頁第一六行ないし第五頁第一二行）。
二 一方、引用例には名称を「レツテル付卵カートン」とする発明が記載されているが、原告は本願発明と引用例記載の発明の一致点に関する審決の認定を争うので、まず引用例記載の技術的事項を検討する。
成立に争いない甲第三号証（特許出願公告公報。別紙図面Ｂ参照）によれば、引用例記載の発明は、小売用に一ダースの卵を包装するカートン（以下、「卵容器」という。）は、各卵を隔離するポケツトあるいは区域を形成するために、卵容器の外表面に複数の凹部（溝）が形成され、曲げあるいは捩りに対する強度が劣化するとの知見に基づき（第一欄第三四行ないし第二欄第一九行）、卵容器の構造的強固性を増大することを主たる技術的課題（目的）として（第三欄初行ないし第三行）、「細長いくぼみを形成する上面を有しそして一つの縁に沿つて基部に枢着されたカバーと、前記くぼみを覆つて前記カバーの上面のみを横切つて引伸ばされた熱可塑性のレッテルを有するポリスチレンで作られた卵カートン」（第六欄第一七行ないし末行）を要旨とする構成を採用したものと認められる。
三 一致点の認定について
１ 原告は、引用例記載の卵容器には本願発明の隔壁2a、2bに相当する部材がない、と主張する。
しかしながら、前掲甲第三号証によれば、引用例には、実施例の構成として「カバー12はその外面から内向きに延びる溝18を形成し、全長の大部分にわたつて延びる。溝18は、カバー12が閉じているときカートン内の卵が互いに離隔維持されるのを助けるよう形成される。」（第三欄第三一行ないし第三五行）と記載されていることが認められるから．別紙図面Ｂの図２において符号18を付された箇所から下方へ延びるハツチングを施された溝状の部分が、相隣る凹部間に形成された、容器長手方向の隔壁の作用を果たす部分であることは明らかである。また、右図２の符号14を付された箇所から上方にも、同様にハツチングを施された溝状の部分が描かれていることが認められるが、前掲甲第三号証によれば、引用例には「卵受容室14は一般的に云つて卵15を直立させ且つ離隔した状態に受容し且つ保持するような形状になされる。」（第三欄第二六行ないし第二八行）と記載されていることが認められるから、符号14を付された箇所から上方へ延びるハツチングを施された溝状の部分も、相隣る凹部間に形成された、容器長手方向の隔壁の作用を果たす部分であると考えられる。のみならず、別紙図面Ｂの図１にぉいて容器長手方向に六個並んだ卵受容室14卵の間は、容器短手方向に二個並んだ卵受容室14卵の間に見られる溝状のもの（右認定の、符号14を付された箇所から上方へ延びるハツチングを施された溝状の部分であることが明らかである。）と同様の溝状のものが描かれていることが認められるので、引用例記載の卵容器は、容器短手方向の相隣る凹部間にも、隔壁の作用を果たす部分をも備えていると認定するのが相当である。
したがつて、引用例記載の卵容器には本願発明の隔壁に相当する部材がないという原告の主張は失当である。
２ 原告は、本願発明の平坦面が隣接する二つの凹部1a、1bの間に形成される微小な面積のものであるのに対し、引用例記載の平坦面は卵容器の上面のほぼ全体にわたつて形成されたものでなければならない、と主張する。
しかしながら、前記の本願発明の要旨によれば、本願発明はその平坦面が「微小な面積」のものであることを不可欠の要件とするものでないことが明らかである。のみならず、前掲甲第二号証を検討しても、本願明細書には、その平坦面がどの程度の大きさのものをいうのか規定した記載は、全く存在しないことが認められる。
一方、前掲甲第三号証によれば、引用例記載のレツテルは、前記の発明の要旨から明らかなように、「くぼみを覆つて（中略）カバーの上面のみを横切つて引伸ばされ」（同第六欄第一九行及び第二〇行）ればよいのであつて、卵容器の上面全体に貼付されるものに限定されていない。まして、右レツテルを貼付するための平坦面が、原告主張のように卵容器の上面のほぼ全体にわたつて形成されねばならない必然性はなく、レツテルを貼付するための平坦面を卵容器上面のどの範囲に形成すべきかは所望の強度に応じて適宜に決定し得る設計事項というべきである。
したがつて、本願考案の平坦面と引用例記載の平坦面は技術的課題（目的）及び構成を異にする、という原告の主張は採用することができない。
四 相違点の判断について
原告は、卵のように日持ちの悪い食品にバーコードを付することは本件出願前の周知技術ではない、と主張する。
しかしながら、審決は、商品一般について、商品に付されたバーコードを自動的に読み取ることが本件出願前の周知技術であると説示しているのであるから、原告の右主張は審決の説示に副わないものである。そして、ソースマーキングとしてのバーコードが本件出願前の周知技術であつたことは原告も争わないところ、これを日持ちの悪い食品に適用してインストアマーキングとすることに当業者にとつて何らかの困難があつたとは到底考えられない。
そして、原告は、卵容器の上面全体に貼付する必要がある補強用レツテルを微小なバーコードに置き換えることは当業者にとつて容易に想到し得た事項といい難い、と主張する。
しかしながら、引用例記載の補強用レツテルが卵容器の上面全体に貼付されるものに限定される理由がないことは前記のとおりである。のみならず、前掲甲第三号証によれば、引用例には、従来の卵容器には印刷物を貼付し得る表面が存しないこと（第二欄第二一行ないし第二四行）、本発明によれば溝18上にレツテル20を放置することによつて広告文あるいはレツテルを貼付するに適した実質的に平らな面が形成されること（第五欄第七行ないし第一〇行）、レツテルは通常の装置で印剛され、卵容器には各種のレツテルが貼付されること（第五欄第二〇行ないし第六欄第三行）、本発明の卵容器は目を楽しませる外観を有すること（第六欄第七行ないし第九行）が、それぞれ記載されていることが認められる。すなわち、引用例記載の発明は前記のとおり卵容器の構造的強固性を増大すること（第三欄初行及び第二行）を主たる技術的課題（目的）とするものであるが、同時に、引用例には、その平坦面が補強用レツテルのみならず種々の印刷物あるいは広告文などの貼付にも適するとの技術的思想が明確に開示されているのである。したがつて、引用例記載の補強用レツテルを周知の所要事項読取用符号に変更することには格別の創意工夫を要しなかつたとする審決の認定判断にも誤りはない。
五 以上のとおりであるから、本願発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする審決の認定及び判断は正当であつて、審決には原告が主張するような違法はない。
第三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。
（裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 佐藤修市）
別紙図面Ａ
〈省略〉
別紙図面Ｂ
〈省略〉